2010年3月30日(火)付


五輪の成瀬選手指導 白馬村 親子がスキー交流
 白馬村の白馬クロスカントリー競技場スノーハープで28日、長野市の「長野国際交流スポーツクラブ」(高橋寛会長)主催のスキー教室が開かれた。白馬村出身でバンクーバー冬季五輪に出場したノルディック距離の成瀬野生選手が特別コーチとして参加。参加した子どもたちや保護者にスキー指導をして交流を深めた。 語学教室や国際文化理解、スポーツ交流で子どもたちの国際感覚と体力向上をめざす同クラブが、大自然に親しみながら心身を鍛え、はぐくむクロスカントリースキーの魅力に着目。日本を代表する一流選手とのふれあいで、今後の冬季のスポーツ振興の気運を高めようと、同クラブが成瀬さんにボランティア指導を依頼。長野冬季五輪・パラリンピックが開かれた同会場で初のイベントが実現した。
肝臓病予防適正飲酒を 大町病院の赤羽さん講演
 市立大町総合病院定期講演会「第6回北アルプス健康づくりセミナー」が27日、大町市日向山高原くろよんロイヤルホテルで開かれた。アルコールと肝臓病をテーマにした講演に多くの市民が耳を傾け、肝臓を中心に、過度なアルコール摂取が引き起こす疾患について認識を深めた。 同病院事業管理者の赤羽賢浩さんが講演。肝臓疾患の4分の1がアルコールと関係があるとし、適正な飲酒を呼びかけた。
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3月の一覧
ハイチ復興に義援金 大町北高生徒会が募金
 1月にハイチで発生した大地震の被災者のために大町市の大町北高校(小林善一校長)生徒会が集めた募金が28日、日本赤十字社大町市地区の地区長である牛越徹市長に手渡された。集まった義援金2万3551円は日本赤十字社を通じてハイチに送られ、復興支援に役立てられる。募金活動の中心となった2年生で生徒会書記の木曽寿紀さんは就任の際、新しい支援活動を展開したいと考えていたという。矢先にハイチで大地震が発生し、木曽さんが発起人となり募金活動を開始し、生徒会執行部、本部役員が2月初めからの2週間毎朝、昇降口で募金を呼びかけた。木曽さんは義援金を牛越市長に手渡し、「全校生徒が協力してくれて、大金が集まった。食料支援など生活のために役立ててほしい」と話した。牛越市長は「温かな奉仕をいただいた。北高はアジアアフリカ難民支援運動など支援活動がさかん。地域の応援を受けながら活動を続けていってほしい」とお礼を述べた。
琴と尺八に触れる あけぼの会が松川で演奏会
 生田流箏曲「あけぼの会」(中條由美子会主)による「安曇野和あるど演奏会−V」が28日、松川村老人福祉プラザ松香荘で開かれた。訪れた人たちが日本の伝統楽器の琴や尺八の優しい音色に触れた。中條さんは大町市常盤の出身で、東京都であけぼの会を主宰する。平成17年に同村で初めて演奏会を開いた。ことし30周年を迎えたあけぼの会の弟子や特許庁尺八サークル、地元松川村で活動する尺八奏者など約10人が演奏した。会員らは着物やはかま姿で「楓の花」や「さくら」「夕やけ小やけ」などを尺八や琴などで情緒豊かに奏でた。近隣や隣接するゆうあい館のデイサービス利用者が訪れ、会場に響き渡る音楽を楽しんでいた。
デマンド最終4時台 JR連絡や通院に配慮 白馬村
 白馬村デマンド型乗り合いタクシー「白馬ふれ愛号」の運行時間が4月1日から変わる。最終便を午後3時台から4時台に変更するなど、全8便のうち3便の出発時刻を変更し、住民要望のあったJR大糸線との連絡や通院の利便性に配慮した。 運行時間の変更は利用者を対象に行ったアンケート結果や運行データなどをもとに村地域公共交通検討委員会が検討を進め、同委員会上部組織の村地域公共交通会議(会長=太田紘煕村長)が決定した。 変更したのは2、7、8便。各便の出発時間は、1便が午前8時15分、2便が9時15分、3便が10時半、4便が11時半、5便が午後零時40分、6便が午後1時40分、7便が3時、最終の8便が4時となった。予約締め切り時間は1便を除き、出発時間の30分前まで。1便は前日までの予約。 白馬ふれ愛号(登録制)は、村が事業主体となり、65歳以上や妊婦など村内の約2200人を対象に、村内全域1乗車300円で一昨年から実施している。 試験運行含め2年が経過し、登録者、乗車数とも、村の予想を上回るなど、戸口から戸口まで送り届けるデマンド型乗り合いタクシーが浸透してきている。
新園舎へ引っ越し 小谷保育園準備急ピッチ
 新小谷村保育園では、開園に向けた準備が急ピッチで進んでいる。29日には、保育士総出の引っ越し作業が行われ、今年度で閉園となる旧保育園から次々と保育教材などが運び込まれた。山田圭佐美園長は「これまで以上に明るく、笑顔たえない保育園づくりをしていきたい」と新たな出発に期待を寄せる。 村職員の協力も得ながら、車で旧保育園からの荷物を運んでいった。保育士のなかには、35年以上の歴史ある園舎との別れを惜しむ声もあった。